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乳ガンとうびょう記

僕の未来で 君が笑えますように

存在しない人たち

リリーショックニーさんの本を読んでいます。
8年半前の出版なので標準治療も随分替わってきていますが、
とても整理されていて読みやすいです。

しかしながら、
パートナーや身近な友人や複数の子どもがいることが当然かのような書き方が多い点には
正直白けてしまい。。。

曰く、
「パートナーにはできるだけ早く事実を伝えましょう。」
→そもそもいないし。

「子どもへの伝え方は、何歳であっても難しい問題です。本人でなく、父親から話した方がいいこともあります」
→難しいもなにも、子連れで大丈夫ですと言われて連れていったらその場で告知されちゃったよ。「お母さん乳がんなんだー」って周りに言いまくってるよ!

「今までとは違う生活のプランを立てることが必要になります。例えば、母親のあなたの具合がよくない夜は、父親が子どもを寝かしつけるでしょうし、食事の準備や洗濯の手伝いは年長の子どもたちが担当することになるでしょう」
→全部すばらしくあてはまらない!

「両親に伝えることもまた辛いですよね。」
→確かに、あんな親でも頼らなきゃいけないと思うと悔しくて辛い。。。

「距離を近くに感じる友人ほど、病気のことを伝えるのに感情的な苦痛を伴いました(訳者のコラム)」
→友人に話した時って、
望む反応を返してもらって心が少し軽くなる(「大丈夫?いや、大丈夫じゃないよね、何がなんだかわかんないよね」、そっと手を握る、など)か、
こんな反応ならやっぱり言うんじゃなかったと思うか(凍結療法がいいらしいよテレビでやってたよ私ががんになったらあの先生に頼もうかなー水緒ちゃんは違うの?胸、大事じゃないの?、今の医療は切ることばかり考えるんだよね人間の自然治癒能力は高いんだから自然に任せるのが一番なのに、早く病院決めなよなにグズグズしてんの、心身共に不健康な親と一緒にいるのは子どもが可哀想、など)
どっちかしか感じねーよ。

あ、
距離を近くに感じる友人は、いないってことかい。

人の治癒能力を信じろだと?

御無沙汰してます。

連日の睡眠不足が祟ったのか、
数日はくたびれて画面に向かう気持ちになれませんでした。
書きたい気持ちはあったので悔しかったですが、
子どもとの時間と本を読むことを優先してしまいました。

週末は、初めての土曜日授業や
読み聞かせボランティアの説明会、
個人面談と買い物、部屋の掃除などで
慌ただしく過ぎていきました。

担任の先生は、話しやすい方で安心しました。
こちらから尋ねると、しっかり答えてくれるので助かります。
病気のことも伝えました。
「お子さんにはどのように伝えているのですか?」と細かく訊いてくれてありがたかったです。
(実際は、伝えるも何も、医師がさ……)

買い物は、
ズボンの膝がいくつも破れてしまったので
子どものズボンを見に行ったのですが、
最初は、これなんかどう?と私が見せてたはずが、いつの間にか自分で選んで一人で試着室に入って着替えていて、
なんだか大人だなあ、と(笑)。

子どもの方が基本的に決断力あるので、
値段との兼ね合いで悩む私をよそに、
これがいい、これに決めた!
と速いものでしたー。

母も半袖のシャツを一枚買って、
合間にたい焼きやらソフトクリームやら買い食いして、
二人で一緒に楽しんだ気分の買い物でした。


もうすぐGW。
手術を前に(まだどこで受けるかも決めてないくせに)旅行したくなっていろいろ考えましたが、
休みはカレンダー通り、
海外は今からじゃ無理、
名古屋の友人宅は仕事が入ったし、、、
と考えて半農半勤の田舎の友人を頼ってみようかと
久しぶりに電話してみたのですが。

病気の話をしたら、
タイトルのような感じになったわけです。

他人だから言えるんじゃないのかと。
誰しも一度は、切らずになんとかすることをかなり考える時期があると思うんですよね。
でも、一区切りつけて気持ちを固めるわけで。

がんだって聞いてすぐそういうこと言うのは
あまりにデリカシーに欠けるんじゃないかと。

本人がこうしようと思う、と打ち明けてるんだから、
そうなのか、と聞いて欲しかったと思い、
勝手にショックを受けている私はワガママなんでしょうか。

家族や友人は時にそう。
欲しい言葉を、相手を選んで引き出せるように話せればいいだけのことなんだろうけど。

いま
『生きるための乳がん』読んでて、
「家族や友人からの助言は大変役立つ一方で、あなたのストレスを増やしかねません。
医療専門家チームを頼りましょう。」
と書いてあるのを見つけたので、
ちょっと書いてみました。

しびれました。

次から次へと物事に追われる状況が苦手です。
監視されてると感じることも、
関心ないのかもと感じることもストレスです。
自分のペースや自分の言葉で物事を把握できると安心できます。

教育担当的な役割の人が、メインで仕事を振ってくれて、
部署の上司が、時折急ぎだけどそんなに時間かからない仕事を頼んできて、
もう少し先には、教育担当の人と二人で
そこそこまとまった案件を担当して、
ゆくゆくはその業務で独り立ち。
という流れを考えているらしいのですが。

二日くらい前から、同じ部署の別の人が、
(2月に異動してきた人だそうですが)
自分のメインでやってる仕事を私にも教えてくれるようになり。
一通り教えるというより、やりながら教える感じなので
伝達も少々断片的だったけど、
この知識も必要なのだろうと思っていたから
その都度メモを取って自分なりに流れを整理しながらやってました。

そしたら今日の午後になって上司が、
私に教えてる2月さん(仮)のところへ来て、
「なんでその作業を二人がかりでやってるの?
業務分担が上手く伝わってないなら私の確認不足で申し訳ないけど、
そもそも水緒さんは今後○○の業務が入るからこの作業の詳細は知らなくていいわけだし。
そういう意味で水緒さんとあなたではこの部署への入り方が違うんです。
どうして間に合わなくて困るときは手を貸して欲しいと言ってもらっていいけど、基本的にはあなた一人でやるようにしてください。」

なんというか。。。しびれた。いろんな意味で。

ここまで言われても、
モゴモゴ言い訳めいた正当化をする2月さんに
すんごい冷静に言葉を続ける上司に。

私と2月さんの「部署への入り方が違う」とバッサリいった上司に。
(身の程を知れって感じ?
言われたことは何度もあるけど、
相手に言われてるのを聞いたのは人生初だよきっと!)

上司は2月さんと話してる間、
私には一切話しかけず、目も合わせませんでした。
でも無視されてる感じはしなかった。

なににこんなにしびれてるんでしょう、私。

上司が、
2月さんそのものではなくて、
その行動の理由を尋ね(多少詰問調ではあったものの)、
行動に対して注意を促したから? 

やはり今までの上司とは何かが違います。
不思議な時間でした。


そんなやり取りが終わり、
本来の仕事に戻ったあとで、
先程の上司の更に一個上の上司とコピー機のところですれ違いました。
たまーに声を掛けてくれて、
気に掛けてくれてるんだなあ、というのが伝わり、
それだけでもちょっと嬉しいんですが、
今日は「元気?うん、元気そうだね」と
聞いておきながら自己完結されそうだったので、
「うーん、まあなんとか元気です」と答えたら
「なんなのそれ。なんとかって」と笑ってくれたので、
「実はセカンド行ってきて」と少し話を聞いてくれました。

短いながらも一通り伝えると、
「しっかり治してから仕事に集中してほしいし、
それにはやっぱり気持ちも大事だよ。
少しくらい遠くたって、ここがいいと思えるところに決めたほうがいいんじゃない」というようなことを言ってくれました。
 
最後は笑いながら「まあ、気を確かに持って!」と励ましてんだかボケてんだかよくわかんないまま自席に戻っていきましたけど(笑)。

ありがたいですね。
管理職の人が同じフロアにいて、
こんなに気軽に立ち話で人生相談(?)できると、
本当にありがたいです。
気持ちが軽くなりますね。

また違う意味でしびれました。

どうしましょう。
ふと気づけば、セカンドまっしぐら。
後押しする意見しか耳に入れてません。。。

いやいや、
もう少し悩むよ。

少し前進? 長い一日

朝仕事前に主治医に電話しました。
学校の予定も出たでしょうから、オペ前の説明日いつにしようかという主治医に、
実はセカンド行ってきて、病理医の話も聞きたい、という私に、
病理医は患者の前には出ない職業だからそれは無理!とバッサリ。
主治医を通じて病理に話を聞いてみるのはありとのことで、
始業前の慌ただしいなか、午後に行けそうならセカンドでもらった書類を届けにいく約束をしてバタバタと電話を切る。
なんだか結論があやふやな電話になってしまう。

仕事を早退したあとは
学校で保護者会がありました。
お昼を食べる暇もなく参加して、
一旦帰宅し、がん専門家2件に電話相談。

セカンドまで受けた現状を話して、
どのように病院を決めたらいいか悩んでいる、と意見を求めました。

片方の人には
「この短期間で病気のことをよく勉強して
自分のことを自分で決めたいと決意して
いろいろ模索して動いているのはとても的確な行動ですね」
と手放しで褒めてもらって
なんだかはらが据わりました。

心のどこかで、
がんと言っても初期だし、
世の中にはもっと大変な状況の人もいるし、
軽い状態でセカンドなんて言っておこがましいのではないか、
ちょっとオーバーだと思われるんじゃないか、
今の主治医が『自分を信頼してないのか』と内心気分を害するのではないか
など考えてしまっていたので、
「そんなことはない。
初期だってがんはがんだし、
手術をどこで受けるのか、今の病状は医師にどう判断されているのか、納得がいくまでとことん聞いたり考えたりするのは当然のこと」
と断言してもらって安心しました。

もう一人の人は、あんまり肯定はしてくれなかった感じだけど。
困って電話相談してきた人のやり方に
あんまり真っ向から対立しなくてもいいと思うんだけどなー。

ひとまず、
セカンドの先生の書いてくれた所見を
今の主治医の病院の受付に預けておいて(主治医は非常勤で水曜午前しか病院にはいないのだ)、
次回の診療の時に、執刀候補医(告知した医師)に改めて話を聞いてみる、
それでどうにもならなそうなら紹介状書いてもらう!
と決めました。

自分の中ではここ数日のぐるぐるから
少し先へ進んだ気持ちになれて良かったです。

夜、知り合いが電話をかけてきたのでこの経緯を話したら、
セカンドとかぐずぐずしてないで、早く手術してもらったほうが体のためにいいんじゃないか」
と言われ。。。
心配してくれてるんだろうけど、
こう言われてしまうともうなにも話したくなくなる。。。

今とことん悩むことが、
今の私には必要だと思うのに。
その辺全否定なんだな。。。

実は同じ理由で、親に相談したくなる気持ちを
必死に蓋しています。
絶対、話すんじゃなかった、、、って思うのがオチだから。
理想を言えば信頼して頼りたいけど、
今までの経験から嫌な思いをするって判ってるから頼りたくなくて、
でも入院手術となると他に頼れる人もいないから頼らざるを得なくて、、、
って背景は複雑です。
本当は身近な人がなんのストレスもなく話を聞いてくれると嬉しいし、
診察にもついてきて一緒に話を聞いてくれる関係がいいんだけどな。

因みに今日は、本人の希望により、
一人で学童から帰ってくる子どもを
私が家で迎えるという約束になってました。

余裕の表情で「おかえり~」なんて出迎えたけど、実は帰宅したのは子どもの帰る5分くらい前でした。
普段はお迎えで、二人で学童から帰ると19時過ぎだけど、
今日はニコニコと17:30過ぎに帰ってきました。
彼の人生で、家に帰ったらお母さんが先に着いてて出迎えてくれた
ってのははじめての経験!

「たまにはこういうのいいねー!」
と喜んでました。
私も新鮮で、専業主婦の人が羨ましいとはじめて思ったかも。

で、18:40くらいに気づくと寝てて今に至る(笑)

ご飯も食べずに寝るのは珍しい。
そしてその隣で、私も30分くらいオチました。
お疲れ親子。。。

re-member

もう一度、仲間になる。
=思い出す。

リメンバーって不思議な言葉です。

今読んでる本で、
答えは自分の中にあり、
もう一度出合うだけ、
というような下りがあってね。

日々思い出すのが生活なのかもね。
穏便な生活なんてないなー。。。

明日朝、主治医に電話します。
どうしようか。。。まだまだ悩み中。

自動的上映

ちょっと前に聞いた話から気づいたことが。

育った家庭にいろいろ問題があって
親の顔色や面倒をみるのが日課の生活を送ると、
自己肯定感が低いまま大人になってしまう。

なんだか上手くいかないことが多くて、
原因なんかに思い至って、
心をメンテナンスしながら
なんとか乗り越えて過去にして生きてきた。

でも身近な小さな人間関係に悩むうち、
過去の経験が考える間もなく映画みたいに再生されちゃって
なすすべもなく苦しくなる。

「争い事や怒声が恐い」
「自分なんて、という思考から抜けられない」
無力感でいっぱいになる。

不安が湧き上がるたび、
それを自覚して距離を置く。

そんなことを繰り返して生きてきたのに。
その辺をいまだつつかれる。。。疲れる。

子どもにはこう感じていて欲しいと切に願うのに。
人生は素晴らしい。


さあ、
セカンド医師にかなり心揺れて今に至るよ!
どーするの、自分!?
とりあえず昨日より5分早く寝る!

絶賛迷い中

セカンドにするか。
今の主治医にするか。

仕事なるべく支障ないようにしたいけど、
今月だけで学校行事で三回も半休予定だし、
セカンドの意見を主治医に伝えたり、
場合によってはサードも行くのかなんて考えたら、
会社に遠慮してる時じゃないような気もしてくる。

もっとこうしたらよかったって、
切られてからでは遅いよね。。。